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長崎地方裁判所 昭和30年(モ)500号 判決

債権者 山村寿美衛

債務者 山口丑之助

主文

一、債権者(申請人)山村寿美衛、債務者(被申請人)山口丑之助間の、当裁判所福江支部昭和三十年(ヨ)第二三号仮処分申請事件について、同支部が昭和三十年七月六日附で為し、当裁判所が同年十一月二十二日附で更正した仮処分決定は、債権者に於て、本裁判言渡の日から十四日内に、追加保証として、更に、金四万円を供託することを条件として、その主文末項の次に、左の一項を加へ、之を認可する。

「執行吏は、第一項の保管については、腐朽、破損、その他の原因による損傷を防止する為め、木材の性質に適応した保管方法(保管場所の移転を含む)をとらなければならない。但し、之に要する費用は、全部、債権者の負担とする。」

二、訴訟費用は債務者の負担とする。

事実

債権者代理人は、

主文第一項掲記の仮処分決定の認可並に訴訟費用は債務者の負担とする旨の判決を求め、その理由として、

一、債権者は、長崎県南松浦郡日ノ島村間伏郷間伏部落民中の、別紙〈省略〉名簿記載の者(債権者自身をも含む)に選定されて債権者となつた者である。

二、別紙目録記載の木材は、債権者を本件債権者に選定した前記名簿記載の者(債権者自身を含む)を含む前記間伏部落二十三戸(債務者を含む)の共有に属するものである。

三、然るところ、債務者は、之を自己一個人の所有に属するものであるとなして、之を他に売却し、その引渡を為そうとしたので、債権者は、その引渡を阻止し、之をその所在場所たる別紙目録記載の場所に保管中であつたところ、債務者は、更に、之を他に売却しようとした。

四、而して、債務者は債権者等を被告として、前記木材等に関し、所有権確認の訴を提起し、その訴は、目下、当裁判所に係属し債権者等はその所有者が債権者等にあることを主張し抗争中で反訴を提起しようとするのであるが、債務者によつて、之を善意の第三者に売却され、その引渡を為されるときは、之に対抗することを得ざるに至り、勝訴の判決を得ても、執行を為し得ざる結果となるので、その権利保全の為め、本件仮処分の申請を為し、主文第一項掲記の仮処分決定を得たのであるが、その保全の必要性は、なお、存続して居るので、右仮処分決定の認可を求める次第である。

と述べ、

債務者の本案前の抗弁に対し、

一、本件仮処分の申請を為した者は、選定当事者として債権者となつた山村寿美衛であつて、間伏郷ではない。故に債務者の本案前の抗弁一は、理由がない。

二、山村寿美衛を選定当事者として選定した者の選定行為は、真実に為されたもので、有効であるから、債務者の本案前の抗弁二も亦理由がない。

三、仮処分は、一の保存行為であるから、共有者の一部の者から、その申請を為しても適法である。故に、債務者の本案前の抗弁三も亦理由がない。

四、本件仮処分申請に先ち、債務者が、その主張の仮処分決定を得て居る事実は争わないが、債権者の本件申請は、右仮処分には牴触しないから、債務者の本案前の抗弁四も亦理由がない。

と答えた。〈立証省略〉

債務者代理人は、

主文第一項掲記の仮処分決定は之を取消す、債権者の申請は之を却下する、訴訟費用は債権者の負担とする旨の判決を求め、本案前の抗弁として、

一、本件仮処分の申請は、間伏郷から為されたものである。而して、間伏郷は、法人格を有しないから、当事者能力がない。従つて、その申請は、不適法として却下されなければならないものであるに拘らず、前記決定は、之を無視して申請を許容したのであるから、違法な決定であつて、当然取消されなければならないものである。

二、仮に、その申請が、間伏郷から為されたものでなく、選定当事者たる山村寿美衛から為されたものであるとしても、同人を当事者として選定した者の選定行為は、真実に為されたものではないから、その選定は無効であつて、山村寿美衛は、選定当事者ではない。従つて、同人が債権者として為した右申請は、不適法であつて、却下されなければならないものであるに拘らず、前記決定は、之を無視して、その申請を許容したのであるから、違法な決定であつて、当然取消されなければならないものである。

三、仮に、山村寿美衛が、有効に選定当事者として選定された者であるとしても、債権者の主張は、共有の主張であり、従つて、その申請は、共有者全員から為されなければならないものであるところ、右山村を選定当事者として選定した者は、その共有者の一部の者であることが、債権者の主張自体に徴し明白であるから、その申請は、不適法であつて、却下されなければならないものであるに拘らず、前記決定は、之を無視して、その申請を許容したのであるから、違法な決定であつて、当然取消されなければならないものである。

四、仮に、以上の主張が、全部、理由がないとしても、債務者は、債権者の本件申請に先ち、山村寿美衛外十三名を債務者として、当裁判所に対し、本件木材を含む木材をその目的物となして、仮処分の申請を為し、昭和三十年七月四日附で、「被申請人等は、申請人が、右木材を、その所在場所から搬出、船積、運搬、その他之に附随する一切の作業を為すに当り、之を自ら妨害し、又は第三者をして妨害せしめてはならない」旨の仮処分決定を得て居るので、(この決定は、当事者に送達されて居る)、債権者の本件申請は、右決定に牴触するから、不適法な申請として却下されなければならないものであるに拘らず、前記決定は、之を無視して、その申請を許容したのであるから、違法な決定であつて、当然取消されなければならないものである。

と述べ、

本案の答弁として、

債権者等がその主張の被保全権利を有し、且、その主張の保全の必要性が存する事実は、孰れも之を否認する。本件木材の所有権は債務者にある。

と述べた。〈立証省略〉

理由

一、債権者本人尋問の結果によつて成立を認め得るところの、(但し、署名人中山口浪平の署名押印部分の成立を除く)、長崎県南松浦郡日ノ島村間伏郷間伏部落民たる山口嘉市外十七名(債権者自身を含む)の署名押印ある山村寿美衛を右山口嘉市外十七名の代表者として選定する旨の文言の記載ある書面と本件仮処分申請書とによれば、右山口嘉市外十七名が、右山村寿美衛を選定当事者として選定し、之に基いて、右山村寿美衛が、債権者として、本件仮処分申請を為したことが明白であるから、その申請人は、右山村寿美衛であつて、間伏郷ではない。従つて、間伏郷がその申請人であることを前提とする債務者の本案前の抗弁第一は理由がない。

二、前記書面に為された前記山口嘉市外十七名の署名押印が、真正に為されたものであることは、債権者本人尋問の結果によつて、之を肯認するに十分であるから、前記山村寿美衛を選定当事者として選定した右山口嘉市外十七名の選定行為は有効である。従つて、右選定行為の無効を前提とする債務者の本案前の抗弁第二は理由がない。

尤も、前記書面に署名押印した者の中、山口浪平のそれは、同人の死亡後のそれであることが、債権者本人尋問の結果によつて明白であるから、その署名押印が右山口浪平のそれでないことは論を俟たないところであるが、この事実があるの故を以て、その余の者の署名押印が全部真実でないと云うことの出来ないことも亦多言を要しないところである。而して、右山口浪平を除くその余の者の署名押印の真実に為されたものであることは、前記の通りであるから、偶々、右山口浪平の署名押印が無効であるからと云つて、同人を除くその余の者の選定行為が無効となると云う様なことはあり得ないところである。尤も、選定者全員が必ず当事者とならなければならないと言う様な場合であれば、選定者中の一人の者の選定行為が無効である以上、全員の選定行為があることにはならないから、それによる選定は、その余の者の選定行為が有効であるに拘らず全体として無効となる場合もあるのであるが、本件の場合は、後記三に於て説示する様に、共有者の一部の者によつて為された保存行為であつて、それは一部の者の中の何人からでも為し得るもので、共有者全員が、必ず当事者とならなければならないと云う様な場合ではないから、一人の者の選定行為が無効であつても、他の者の選定行為が有効である以上、全体として有効であつて、無効の結果を惹起しないものである。従つて、右山口浪平を除くその余の者の有効な選定行為によつて、当事者となつた債権者山村寿美衛の申請は適法であつて、之に基き、その申請を許容して為された主文第一項掲記の仮処分決定は、適法であり、右山口浪平の選定行為が無効であるに拘らず、それによつては何等の影響も受けず、依然として有効な決定として存続し得るものであり、唯、選定者の一人としての山口浪平が存在しなくなるだけのことである。故に、右山口浪平の選定行為の無効の存在は、前記抗弁を理由がないとする判断には何等の影響をも及ぼすものではない。

三、本件仮処分が、共有者全員によつて為されたものではなく、その中の一部の者によつて為されたものであることは、債権者の主張自体によつて明白である。併しながら、仮処分は、処分行為ではなく、単なる保存行為であるに過ぎなく、而も保存行為は、共有者全員にとつて利益な行為であるから、それは共有者中の何人からでも之を為し得るところのものである。従つて、仮処分の申請は、それが、共有者中の一部の者から為された場合に於ても、常に、適法である。故に、本件仮処分の申請は、適法であるから、債務者の本案前の抗弁第三は之を排斥する。

四、本件仮処分の申請に先ち、債務者に於て、その主張の仮処分決定を得て居ることは、当事者間に争のないところであるが、本件仮処分の申請は、債務者の先に得た右仮処分決定に牴触するものではない。何となれば、債務者の先に得た右仮処分決定は、単に、その相手方たる債権者等に対し、不作為義務を課したに過ぎないものであることが、その主張自体に徴し明かであるから、その決定は、本件仮処分の目的物たる木材の占有関係については、何等の処分も命じて居ないのに対し、本件仮処分の申請は、木材の動産性に鑑み、その占有の移転を禁止することを主たる目的として、右木材の占有を執行吏の占有に移し、且相手方たる債務者にその処分の禁止を命ずる旨の仮処分を求めることを、その趣旨とするものであることが、債権者の主張自体によつて知られるから、その間に、内容上の牴触はないと云い得るからである。仮に、右両者間に、その内容に於て、互に、牴触する部分があるとしても、唯、それだけでは、申請を不適法とするものではない。蓋し、被保全権利を有し、且、その保全の必要性の存する限り、その権利者は、常に、保全処分を求め得る権利を有するからである。但し、その場合に於ては、先の保全処分に牴触する後の保全処分が、その牴触する限度に於て、執行不能に終ることはあり得る。しかし、之とて、先の保全処分が解放される限り、之を執行し得るに至るのであるから、保全処分としては、有効に存続し得るのである。従つて、牴触ある場合に於ても、後の決定について違法の問題は生じない。以上の次第であるから、債務者の本案前の抗弁第四も亦採用するに価しない。

五、本件木材が、債権者主張の者等の共有に属すると云う点については、債権者提出の疏明を債務者提出の疏明に対比して考察すると、その疏明に於て、不十分たるを免れない。併しながら、双方提出の全疏明と弁論の全趣旨とを綜合すると、右の点についての疏明の不足は、保証を以て之に代えしめるのが相当であると認められる。仍て、右疏明の不足は、保証を以て之に代えしめる。

六、而して、その保証は、双方提出の全疏明と弁論の全趣旨とを綜合して、先に立てしめた保証の外に、更に、金四万円の保証を追加せしめるのが相当であると認める。

七、保全の必要性の点については、債権者提出の疏明を以て、その必要性の存することを一応認め得るので、その疏明があつたものと認める。

八、従つて、債権者に於て、追加保証として、更に、金四万円の保証を立てるときは、その主張事実全部について疏明があつたことになるから、本件仮処分決定は、債権者に於て、更に、金四万円の保証を立てることを条件として、之を認可すべきものである。

而して、右決定については、昭和三十年十一月二十二日附で、当裁判所によつて更正決定の為されて居ることが、本件記録上明白であるから、右認可は、右更正決定によつて、更正されたところのものを認可することとなる。

九、尚、本件仮処分の目的物は木材であつて、その木材たる性質とその所在場所並に弁論の全趣旨とを綜合すると、その腐朽等による損傷を防止する措置をとる必要があると認められるので、前記仮処分決定の認可については、その決定の主文に、その損傷防止の為めの措置とその費用の負担者とを定める一項を附加する。而して、右目的物たる木材は、既に執行吏に於て保管中であるから、その措置は、之を執行吏にとらしめ、その費用は、債権者をして負担せしめるのが相当であると認められるから、債権者をして、之を負担せしめる。

一〇、仍て、本件仮処分決定(更正決定によつて更正されたところの)は、債権者に於て、本裁判言渡の日から、十四日内に、更に、金四万円の追加保証を立てることを条件として、その主文の末尾に、本判決の主文第一項掲記の一項を加えた上、之を認可し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条を適用し、主文の通り判決する。

(裁判官 田中正一)

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